2012年08月06日

西本聖

nisimoto1208.jpg


西本 聖(にしもと たかし)
1956年6月27日生(申年・蟹座)
愛媛県松山市出身
ニックネームは「ニシ」

県立松山商業高等学校から、1974年のドラフト外で長嶋茂雄監督率いる巨人に入団。同年のドラフト1位は甲子園のスター選手、定岡正二。

1980年代、藤田元司監督の下、江川・定岡と共に三本柱の一角として活躍。1981年には沢村賞を受賞。足を大きく上げるダイナミックなフォームと、切れの鋭いシュートが特徴の投手であった。守備も優れており、投手でゴールデングラブ賞8回は桑田真澄と並ぶ最多記録である。


  • 1989年に中尾孝義との交換トレードで中日に移籍。
  • 1993年に土井正三が監督をしていたオリックス・ブルーウェーブに移籍。
  • 1994年に巨人に復帰したものの、一軍登板は無く、同年に引退。

2012年07月02日

河埜和正

kouno1207.jpg



河埜和正(こうの かずまさ)
1951年11月7日生(卯年・蠍座)
愛媛県八幡市出身
ニックネームは「カメ」

1969年ドラフト6位で八幡浜工から入団。1軍に定着したのは74年から。
V9後のチームを支えたバイプレーヤー。

強肩を生かした好守を誇る遊撃手。またパンチ力のある打撃も魅力で、77年には打率2割9分4厘、12本塁打でベストナインにも輝いた。これは広岡達朗、黒江、川相昌弘ら錚々たるメンバーを抑え、球団史上1位の成績。

1986年、現役引退。
現在は読売巨人軍「ジャイアンツベースボールアカデミー」校長を務めている。

2011年06月30日

定岡正二

giants20110630.jpg

定岡 正二(さだおか しょうじ)
1956年11月29日生まれ
鹿児島県鹿児島市出身
右投右打(投手)
背番号20

通算成績(9年) 215試合登板 51勝 42敗 奪三振492 防御率3.83

高校時代は名門鹿児島実業高校のエースとして、1973年春と1974年夏の甲子園に出場、ベスト4進出。
甘いマスク、高い実力が相まって女子中高生から絶大な人気を得る。

1975年、投手として読売巨人軍ドラフト第一位指名入団。入団1年目の自主トレが行われた多摩川グラウンドに2万人の観衆を集めたほどの人気ぶりであった。その人気の反面成績は伴わず、プロ入り後初勝利は1980年(第一次長島監督)まで待つことになる。その後藤田元司監督の下、江川卓、西本聖と共に投手陣を支える柱となる活躍をみせるが1982年の15勝をピークに成績は落ち始める。
1985年、近鉄バファローズへのトレードを拒否し、29歳で現役引退。

成績よりも記憶に残る選手のひとりだと言える。

《 あの人はいま 》

現在はTBSラジオの野球解説者
巨人軍選手名鑑
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。